*まもなく8月15日、戦後56年目の終戦記念日を迎えます。
 小泉首相が、8月15日に靖国神社に公式参拝するという言明が大きな問題になっています。
 戦争の犠牲者を追悼し、再び犠牲者をつくらない、と誓うことは当然のことです。
 そのために、8月15日には、毎年、政府主催で「戦没者追悼式」がおこなわれているではありませんか。
 しかし、靖国神社に参拝することは、同じ趣旨だと言って済まない問題がある、ということを、ご一緒に考えたいと思うのです。
*靖国神社というのは、戦前、陸軍省と海軍省が共同で管轄した、宗教的軍事施設でした。
 「天皇のため国のため」命を捧げれば、「英霊」として=「神」としてまつられる。
 そして、天皇陛下が参拝する。こういう仕組みで戦死を美化して、国民を侵略戦争に引っ張りだす役割を担ったところ、戦争の精神的支柱となったところでした。
 戦後、政治と宗教の分離原則が確立し、一宗教法人とされてからも、基本的な趣旨はそのまま踏襲され、境内には大砲や砲弾、人間魚雷などの兵器を展示した軍事的宗教施設の性格はかわらないまま、まさに戦争神社です。
 しかも、その後、侵略戦争の責任者として処罰されたA級戦犯14名も、戦争犠牲者であったかのように「昭和殉難者」として=「神」として祀られています。
 靖国神社は、「戦争犯罪人」というのは「ぬれぎぬ」だとも主張しています。
 靖国神社には、侵略戦争の反省は全くありません。
*このことは、アジアの諸国にもよく知られている事実です。
 こういう神社ですから、首相が公式参拝することは、「侵略戦争を反省する」としたこれまでの政府の立場から、正反対の「侵略戦争を肯定する」立場に立つと、国の内外から見られるのは、当然のことではないでしょうか。
 イギリスの経済誌『エコノミスト』は、「ドイツで言えば、ヒトラー祈念教会にドイツの首相が参拝することと同じで、あり得ないことだ」と書いています。
*中曽根元首相が、1985年に、公式参拝を強行しましたが、そのとき、内外の批判が集中し、翌年は、官房長官談話で「戦争への反省とそのうえに立った平和友好への決意にたいする誤解と不信さえ生まれるおそれがある」と述べ、公式参拝は中止せざるを得ませんでした。
 小泉首相が公式参拝すれば、こうした世界に向けての約束を破ることになるではありませんか。
*日本の侵略で、2000万人もの犠牲者を出した、アジアの諸国のなかから、「未だ癒えない傷口に塩をすりこむやり方だ」と言う声が出ています。
 こうした痛みは、50年すぎたからといって消えるものではありません。
 「なぜ批判されるのか判らない」と開き直る首相に、アジア外交をになう資格はないと、わたしは言わざるを得ません。
 間違った個人の信条で、アジア諸国との友好という国益を損なうことは認めることはできません。
*また、もちろん政教分離を定めた憲法第20条違反になるという裁判所の判例もすでに出されています。
 日本共産党は、小泉首相の靖国神社への参拝中止を求める声をひろげるよう、お訴えするものです。
*みなさん、もうひとつ重大な問題は、政府が検定合格させた、歴史をゆがめた教科書の問題です。
 東京都と愛媛県の教育委員会が、多くの反対の声を振り切って採択を決めてしまいました。
 「先の戦争は正義の戦争だった」とする教科書で学んだ子どもたちと、侵略を受け植民地支配を受けたアジアの国の人たちとの友好は、成り立つはずがありません。
 この教科書の検定合格と採択の取り消しを、強く求めたいと思います。
*みなさん、日本共産党は、79周年を迎えましたが、創立当時から侵略戦争に一貫して反対して参りました。
 この頑張りが、「戦争はしない」「軍隊は持たない」と言ういまの憲法にみのったと考えています。
 侵略戦争と植民地支配をキッパリ反省してこそ、アジア諸国との友好を大事にした、自主・平和の外交をすすめることができるということを、心からお訴えしたいと思います。
*みなさん、最後に、激動の情勢のもと、つねに国民の目線で、政治や経済、社会の出来事を、分かりやすく報道する「しんぶん赤旗」をぜひお読みくださいますようお願い申し上げます。
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 ご静聴ありがとうございました。
 (2001.8.12)

◇靖国神社問題+教科書問題